九条を守る神奈川高校教職員の会

「セシウムさいた」問題

2012.4.5.

ことの顛末 アーサー・ビナードさんの主張 サクラ読本とは・・・

ことの顛末・・・

まずは、3月8日の共同通信配信に記事から


「セシウムさいた」抗議受け削除 講演タイトル、埼玉県教組

2012/03/08 15:28 【共同通信】

 さいたま市で10日開かれる「国際女性デー埼玉集会」(事務局・埼玉県教職員組合)のチラシで、講演タイトルが「さいたさいたセシウムがさいた」とされていることに「福島県民を傷つけている」などの抗議が30件以上あり、県教組がタイトルを削除したことが8日、分かった。

 県教組によると、タイトルは講演者の米国出身の詩人アーサー・ビナード氏が提案。県教組には「誤解を招くのでは」との声もあったが、ビナード氏の「本来なら花が咲き喜ばしい春の訪れを台無しにした原発事故の大変な状況を伝えたい」との意向で決まったという。


講演タイトル「さいたさいたセシウムがさいた」と書かれ、抗議を受けた「国際女性デー埼玉集会」のチラシ


そして、 翌日の共同通信。


抗議相次ぎ集会中止 講演「セシウムさいた」で

2012/03/09 19:45 【共同通信】

 「国際女性デー埼玉集会」(10日、さいたま市)のチラシで、「さいたさいたセシウムがさいた」との講演タイトルに抗議が寄せられた問題で、実行委員会は9日、「抗議が相次ぎ、講演者や参加者らに迷惑をかける事態が懸念される」として、集会を中止すると発表した。

 実行委によると6日ごろから、事務局の埼玉県教職員組合に電話やファクスで約40件の抗議が相次いだ。中には危害を加えることを示唆する内容もあった。

 タイトルは、講演者で米国出身の詩人アーサー・ビナード氏が「本来なら花が咲き喜ばしい春の訪れを台無しにした原発事故の大変な状況を伝えたい」と提案した。


アーサー・ビナードさんの主張

 まずは、小学館のWebサイト「Web日本語」内、「アーサービナードの日本語ハラゴナシ」に3月15日に掲載された文。


みなまでいわなかった「さいたさいた」

 「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」という日本語を目にすると、どんなイメージが浮かぶだろうか。ぽかぽかした春の日の散歩? にぎやかな花見の宴? 子どもたちの声がこだまするメルヘンといった感じ?

 ぼく自身はといえば「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」ときたら、すぐ思い浮かぶのは『サクラ読本』と呼ばれた戦前の教科書だ。昭和8年に発行され、翌年から尋常小学校で使われ、正式名称が『小学国語読本』で、『第四期国定国語読本』とも称された。それ以前の国語教科書では、まず単語を勉強してから文章のほうへ進んでいったのに対し、『サクラ読本』はいきなり「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」から始まる。その意味では当時、かなり新鮮味があったらしい。ただ、ぽかぽかした春を純粋に歌い上げているかというと、そんなメルヘンが基調というわけではない。なにしろ「サクラ ガ サイタ」のあとに「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」と続くのだから。花見気分よりも戦時気分が濃厚な一冊だ。

 それでも、学校で『サクラ読本』が使用されていた時代は、原子炉というものがこの世に存在せず、人間は核分裂の連鎖反応を起こして人工的に放射性物質を大量に作り出す所業には至っていなかった。プルトニウム239だのストロンチウム90だのセシウム137だの134だのが、ばらまかれる心配などなかった。桜の花も梅の花も蜜柑の花も茶の花も栗の花だって、核汚染によって蝕(むしば)まれることはあり得なかった。「ススメ ススメ」と駆り立てられるヘイタイたちも、核武装はしていなかった。

 日本で春を迎えて花見に興じるのは、ぼくにとって今年が22回目となる。最初の数年の間に、樹下で食べたり飲んだり唄ったりと楽しみ方を体験して、花見はもうじゅうぶん分かったつもりになっていた。ところが21世紀に入ってから、実は「花の身になっての花見」もあると知ったのだ。それは放射性物質が生き物に及ぼす影響の実態を知りたい市民が、「サクラ調査ネットワーク」を立ち上げて、広島の原爆桜、柏崎刈羽原発近くの桜、玄海原発近くの桜、六ヶ所再処理工場近くの桜など、全国各地で基準木を決めて始めた作業だ。丁寧に花を数えて、花弁や萼(がく)に異常が現れていないか隈(くま)なく調べ、声なき樹木の警告に耳を澄ます。

 毎年あらたに生まれかわる美しい花に注目して、低線量被爆の問題を捉(とら)えるその調査の結果に、ぼくは目を見開かされた。たとえ「年間20ミリシーベルトまでは問題ない」とか、「100ミリシーベルト以下は影響ない」とか、学者がそんな線引きで人々を安心させようとしても、生き物にとって実際は安心できる「しきい値」など存在しないと、桜の花の異常が教えてくれる。

 福島第一原発の1号炉と2号炉と3号炉がメルトダウンをきたし、4号炉のプールも大きく破損して、日本列島が大量の放射能汚染に見舞われる中で、「サクラ調査ネットワーク」の花見はより一層、重要な意義をもつ。ぼくは、今年の春は「桜前線」の動きが注目される前に、自分がこれまで花弁から学んだことを伝えられたらと思っていた。そこへ講演の依頼が舞い込んできた。さいたま市浦和駅近くの会場で3月10日に開催予定の「国際女性デー埼玉集会」だった。だれでも参加できる会だが、学校の先生がかなりの割合を占めるだろうといわれた。

 そこで考えた。一変してしまった環境で子どもたちを育てていくために、ぼくらの暮らしぶりのみならず、教育も見直す必要がある。思えば、文部科学省と経済産業省が作成した副読本『わくわく原子力ランド』や『チャレンジ!原子力ワールド』が、つい去年まで普通に学校で使われていた。教育の果たすべき役割は何なのか、その問題と、桜の無言の訴えとをつなげて、さらに福島の地域社会において放射能汚染が何をもたらしているか、友人知人の話も交えて語ろうと、流れを決めた。そして演題をつける段になって、あれこれ悩み、『サクラ読本』を踏まえて「サイタ サイタ セシウム ガ サイタ」と考えた。引き裂かれていく地域の和という意味の「裂いた」も、「サイタ」に潜ませたつもりだった。しかし、カタカナばかりだと読みづらいかもと、表記を「さいたさいたセシウムがさいた」に直した。「3・11後の安心をどうつくり出すか」という副題もそえた。

 講演の準備のために、チェルノブイリ原発事故による被曝の影響を調査してきたユーリ・I・バンダジェフスキーの論文『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響』(合同出版)を、日本語と英語と両方で読んで、2012年の「サクラ調査ネットワーク」の予定も調べた。そうしたら講演の4日前に、共同通信がセシウムに関する重大なニュースを報じた。「東電福島第1原発周辺の海で放射性セシウムの濃度の下がり方が遅いとの分析結果を、気象研究所の青山道夫主任研究官らが6日までにまとめた。事故で発生した高濃度の放射性物質を含む汚染水が、見えない部分から漏れ続けている可能性がある」という――つまりこの1年の間、東電は海を放射能のスープにして漏らし続けながら、何ら対処していないという。その現状が、海水のデータの分析で炙(あぶ)り出されたわけだ。

 当然これはメディアでは大変な問題として扱われるだろうと思っていたが、翌7日の夜、帰宅して留守電を聞くと、自分の講演のタイトルが物議をかもしていることが、主催者からのメッセージで分かった。電話をかけて詳細を尋ねれば、どうやら参議院議員のK氏が「こういう言葉平気で公に使うセンスで授業やられちゃかなわん!」とTwitterで抗議するよう広く呼びかけたらしい。それがインターネットのニュースの記事になり、「国際女性デー埼玉集会」事務局の埼玉県教職員組合に、抗議と脅迫の電話もかかるようになったという。

 そして講演前日の朝、また主催者から電話があり、「集会を中止にすることを決めた」と告げられた。

 ぼくはネットの記事などを読んで反省した。『サクラ読本』というものが一般にあまり知られていないことも読み取った。

 そもそも演題を考えるとき、気持ちは重かったのだ。放射能汚染の現実を直視すればするほど、「3・11後の安心をどうつくり出すか」という副題のかかえる困難さも、ずっしりとくる。しかし、少しでも建設的な方向を見出したい。その思いは、今も変わらない。

(小学館のWebサイト「Web日本語」内、「アーサービナードの日本語ハラゴナシ」 2012年3月15日)

http://www.web-nihongo.com/column/haragonashi/index.html


 4月2日の神奈川新聞には、アーサー・ビナードさんへのインタビュー記事が掲載された。共同通信配信の記事かも知れません。


出発点は「サクラ読本」

詩人 アーサー・ビナードに聞く

「セシウムさいた」問題 作った言葉「思わぬ方へ」

 さいたま市で3月10日に予定されていた「国際女性デー埼玉集会」(事務局・埼玉県教職員組合)が詩人アーサー・ビナードの講演タイトル「さいたさいたセシウムがさいた」に抗議が相次ぎ、中止になった。タイトルに込めた意味と、言葉を通して考えなければならないことを本人に聞いた。

   *   *

 詩人の仕事は、現実を直視しながら、言葉の技術を駆使して、本質を手渡すことだと思う。

 今、東京電力福島第1原発から放射性物質が大量にばらまかれ現実を見つめなければ、未来につながる詩をつくり出すことはできない。どうして、こんな現実になってしまったのか、問題の核心をついて、嫌な気持ちをみんなと共有して、どうすべきかを考えたい。

 講演に学校の先生が多く参加すると聞いて、教育の問題を話そうと思った。出発点は、戦前の小学校の国語教科書、いわゆる「サクラ読本」。「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」で始まり「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」と続く。みんなを戦争に駆り立てた教科書だ。

 原子力も、子どもたちに売り込む道具として「わくわく原子力ランド」といった副読本が学校でつかわれてきた。軍国教育と本質は変わらない。

 各地の原発周辺の桜を毎年観察して放射性物質の影響を調べている市民団体「サクラ調査ネットワーク」も紹介したかった。今年の調査は大変な意義を持つことになってしまった、と。

 講演のタイトルは、教育と桜の話に今の時代を重ね、「さいた」に原発が地域の和を「裂いた」という意味も込めたものだ。ただ、「サクラ読本」があまり知られていないことは気付かなかった。チューリップの歌が浮かんだ人も多いらしい。ぼくの作った言葉が、思わぬ方へ行ってしまった。

 詩は、官僚の説明言葉と違い「みなまで言うな」が原則。受け手が思考と想像を広げて、自分で答え探しに行くための「疑問符」になる。言葉は理解を深めるきっかけ。講演を中止にして、そのプロセスを最初から拒否してしまうと、社会は変えられない。

 本質を捉えた言葉というのは必ずしも心地よいとは限らない。例えば、福島がカタカナで書かれることが嫌だという人がいる。ぼくも嫌だ。でも避けようとは思わない。カタカナの広島、長崎と同じように、放射性物質で痛めつけられたという現実があるからだ。嫌だと言って閉じこもっても、現実は変わらない。

 「嫌なものにふたをする」「縁起でもない話を聞かないようにする」−。それができる時代はとっくに終わっている。

 英語に「SHOOT THE MESSNGER」という言葉がある。嫌な知らせを伝える人を撃ち殺すという意味だ。原発事故の前から、原発の危険な本質をずっと語ってきた人はいる。でも、発信の場から締め出されていた。そのからくりは「メルトダウン」したけれど、今は圧力をかけて撃とうとする。

 言葉の向こうに何が見えるのか。縁起でもない言葉が現実を表していたら、言葉じゃなくて現実を変えないといけない。嫌という気持ちを原動力にしてほしい。

   *   *

ARTHUR・BINARD 1967年米ミシガン州生まれ。詩集「釣り上げては」で中原中也賞。

(神奈川新聞 2012年4月2日)

出発点は「サクラ読本」


サクラ読本とは・・・

ここでは、MYP2004さんのブログMake Your Peaceの2006年4月16日の記事「教育基本法とサクラ読本」を読むとわかりやすい。一部を引用させていただく。


1933年4月、文部省は小学校の国語の教科書を、
それまで使われていたものから新しいものへ変更しました。
いわゆる「サクラ読本」です。
その年に小学校に入学した生徒から、この教科書「サクラ読本」は使われました。

どんな内容だったか?
それ以前の教科書は、冒頭、次のように始まります。

 ハナ ハト マメ マス ミノ カサ カラカサ カラスガヰマス スズメガヰマス

この教科書で授業を受けたある人の証言によると、
授業では、教師が「ハナ」と黒板に書き、生徒の知っている花の名前を言わせた。
そうやって、身近なものから学習を開始したのですね。

それに対し、「サクラ読本」ではどうか。

 サイタ サイタ サクラ ガ サイタ (咲いた、咲いた、桜が咲いた。)
 コイ コイ シロ コイ (来い、来い、シロ[犬の名]来い。)
 ススメ ススメ ヘイタイ ススメ (進め、進め、兵隊進め。)
 オヒサマ アカイ アサヒ ガ アカイ (お日様赤い、朝日が赤い。)
 ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ (日の丸の旗、万歳、万歳。)
 トマレ トマレ ナ ノ ハナ ニ (止まれ、止まれ、菜の花に。)
 ハシレ ハシレ シロ カテ アカ カテ (走れ、走れ、白勝て、赤勝て。)
 ココマデ オイデ ゾロゾロ オイデ (ここまでおいで、ぞろぞろおいで。)
 ハト ハト オミヤ ノ ヤネ カラ オリテコイ(鳩、鳩、お宮の屋根から降りて来い。)

一番目の文章から、二番目以降の文章へのつながりが、無い。
「コイ」「ススメ」といった命令文になっている。
しかも、内容が限定され、旧教科書での授業のように、
内容を広げていくことができなくなってしまう。

先にあげた人の証言によると、旧教科書で授業を受けた最後の世代の自分に対し、
「サクラ読本」で授業を受けた一つ年下の世代とでは、明確に違うものがあったそうです。
明らかに、「サクラ読本」世代は、傲然と目上の人たちを見下していたものを感じた。
受けた教育による意識の違いです。

この歴史は、見過ごすことはできないですね。
小さい頃に刷り込まれたものが、どれだけの影響をその人の生涯に与えることになるか。

http://mypeace.exblog.jp/3233690/


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ジンベイザメ